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〒606-8585 京都市左京区松ケ崎御所海道町
京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科
生命物質科学域 物質合成化学専攻
11号館2階 234B(今野), 234A(山田)
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1. 含フッ素アルキンを基幹物質とする選択的有機合成

▶︎含フッ素アルキンについて...

 アルキンは求電子剤ならびに求核剤のいずれとも反応するため,極めて重要な合成ユニットです。しかし立体障害等の理由から,一般に内部アルキンは反応性が大幅に低下しており,また非対称二置換アルキンの場合には立体障害だけでなく電子的性質によって位置選択性が低下することが報告されています。そのため非フッ素系アルキンを用いた有機合成において,末端アルキンを用いた報告例が多く,内部アルキンの高位置選択的な付加反応に関する報告例はほとんどありません。
 さて,フルオロアルキル基を有するアルキンの場合,最大の電気陰性度をもつフッ素原子に起因するフルオロアルキル基の強い電子求引性のため,分子のLUMOレベルが大幅に低下し,求核剤との反応性が大きく増大することが予想されます。また,これまでにもさまざまな反応においてフッ素–金属間相互作用がしばしば観測されていることから,含フッ素非対称アルキンと有機金属反応材との反応においても,その相互作用によって高い位置選択性が十分に期待できます。さらに,フルオロアルキル基 (特にトリフルオロメチル基) は極めてかさ高く,反応性の低下を招く一方で,位置選択性の向上に繋がる可能性もあります。加えて,含フッ素アルキンは極めて単純な炭素骨格 (フルオロアルキル基とC2ユニット) であることから,ありとあらゆる化合物の骨格中に導入できる有用な合成ユニット (合成中間体) となりうる可能性を秘めています。
 多くの含フッ素アルキンは市販されており,また安価なフッ素含有化合物から容易に調製できるため,含フッ素アルキンを合成ユニットとした有機合成は極めて有用であることが考えられます。こうした考えから,われわれの研究室では各種含フッ素アルキンの新規調製法の開発ならびにその合成的応用に関する研究をスタートさせました。

含フッ素アルキンの合成に関する論文
Konno, T. et al. Synthsis 2009, 1087 (DOI: 10.1055/s-0028-1087988).
Konno, T. et al. Tetrahedron 2003, 59, 7571 (DOI: 10.1016/S0040-4020(03)01199-2).

▶︎ヒドロメタル化反応

含フッ素アルキンに触媒量のトリエチルボラン存在下,水素化トリブチルスズを作用させるとヒドロスタニル化反応が極めてスムーズに進行し,スタニル基がフルオロアルキル基と結合した炭素上にトランス選択的に導入されます。本反応はトリエチルボランが存在しないと基本的にほとんど進行しませんが,置換基Rとして電子求引基を有するベンゼン環をもった含フッ素アルキンの場合にはトリエチルボランの有無に関わらず,反応はシス選択的に進行し,対応する付加体を優先的に生成します。こうして得られたビニルスタナンは,Stilleクロスカップリング反応によって,対応する含フッ素三置換アルケンへと容易に変換できます。
 一方,Co2(CO)8触媒を用いたヒドロシリル化反応は,高シス選択的に進行し,シリル基がフルオロアルキル基を有する炭素と結合した付加体を高収率で与えます。γ位にRf基を有するプロパルギルアルコールや,置換基Rにベンジル基あるいはその類似置換基を有するアルキンの場合には,ほぼ独占的な位置選択性を発現する傾向が認められます。得られたビニルシランは,ルイス酸存在下,各種アルデヒドと反応し,対応する含フッ素アリルアルコール誘導体を良好な収率で与えます。
 また,ジシクロヘキシルボラン (Cy2B-H) を用いたヒドロホウ素化反応は,高位置選択的に進行し,ホウ素原子がRf基を有する炭素と結合したシス付加体を良好な収率で生成します。得られたビニルボランは,単離することなく,そのままワンポットで鈴木–宮浦クロスカップリング反応の条件に付すことで,Rf基を有する三置換アルケンを高位置選択的に得ることができます。
 他にも,含フッ素アルキンに有機アルミニウム反応剤 (Red-Al®) を作用させることで,ヒドロアルミネーション反応がスムーズに進行し,アルミニウム原子が置換基Rを有する炭素と結合したトランス付加体を高収率かつ優先的に与えます。また,Red-Al®とCuBrから調製した"Cu–H"種を用いたヒドロキュープレーション反応も円滑に進行し,銅原子がRf基を有する炭素と結合したシス付加体を優先的に与えることを報告してきました。

総説
Konno, T. Synlett 2014, 1350 (DOI: 10.1055/s-0033-1340867).
関連論文
Konno, T. et al. Tetrahedron 2014, 70, 2455 (DOI: 10.1016/j.tet.2014/02.015).
Konno, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2009, 7, 1167 (DOI: 10.1039/B819476A).)
Konno, T. et al. Synthesis 2008, 564 (DOI: 10.1055/s-2008-1032143).
Konno, T. et al. J. Fluorine Chem. 2006, 127, 36 (DOI: 10.1016/j.jfluchem.2005.09.015).
Konno, T. et al. Chem. Commun. 2004, 690 (DOI: 10.1039/B316065C).
Konno, T. et al. J. Fluorine Chem. 2003, 120, 185 (DOI: 10.1016/S0022-1139(02)00328-7).

▶︎カルボメタル化反応

 触媒量のAIBN存在下,β位に電子求引基を有するアリルスタナンを含フッ素アルキンに作用させると,ラジカル的カルボスタニル化反応がスムーズに進行し,スタニル基がRf基を有する炭素原子と結合したトランス付加体を独占的に与えます。この場合,アリルスタナンとして,β位に電子求引基 (CO2MeやCNなど) を有することが必須であり,無置換のアリルスタナンやメタリルスタナンでは全く反応は進行しません。また,上述のラジカル的ヒドロスタニル化反応でも観測されたように,本反応でも空気雰囲気下で行うことで反応時間は長くなりますが,AIBNを加えなくても,トランス付加体を独占的かつ高収率で与えます。得られたビニルスタナンは,Stilleクロスカップリング反応を行うことによって,対応する含フッ素四置換アルケンを高立体選択的に得ることができます。
 有機リチウム試薬,Grignard試薬ならびに有機亜鉛試薬と銅(I)塩 (例えば,CuBr, CuIやCuCNなど) から調製した高次キュープラートを,極低温下,含フッ素アルキンに作用させると,カルボキュープレーション極めてスムーズに進行し,銅原子がRf基を有する炭素原子と結合したシス付加体を独占的に生成します。有機金属試剤として,アルキル金属試剤だけでなく,アリール金属試剤も適用できます。生成したビニルキュープラートは幾分,反応性が低く,求電子剤として活性なアリルブロミド,メタリルブロミド,あるいはその誘導体 (クロチルブロミド,プレニルブロミドなど) と,プロパルギルブロミド,ヨウ素とのみ反応して対応する四置換アルケンを与えます。ベンジルブロミドを用いた場合は,目的の四置換アルケンは全く得られません。
 この高位置選択的かつ高立体選択的なカルボキュープレーション反応を鍵反応として,乳ガン治療に効果的なタモキシフェンの含フッ素アナログである,抗エストロゲン剤のパノミフェンを5段階,総収率28%で合成することに成功しました。

関連論文
Konno, T. et al. Tetrahedron 2014, 70, 2455 (DOI: 10.1016/j.tet.2014.02.015).
Konno, T. et al. Beilstein J. Org. Chem. 2012, 8, 2207 (DOI: 10.3762/bjoc.8.249).
Konno, T. et al. Synthesis 2008, 564 (DOI: 10.1055/s-2008-1032143).
Konno, T. et al. J. Fluorine Chem. 2006, 127, 966 (DOI: 10.1016/j.jfluchem.2006.04.012).
Konno, T. et al. Tetrahedron 2005, 61, 9391 (DOI: 10.1016/j.tet.2005.07.022).
Konno, T. et al. Org. Lett. 2004, 6, 933 (DOI: 10.1021/ol036440n).
Konno, T. et al. J. Org. Chem. 2004, 69, 2188 (DOI: 10.1021/jo030272v).

▶︎ビスメタル化反応

含フッ素アルキンに触媒量のCl2Pd(t-BuNC)2存在下,ヘキサブチルジチンを作用させると,ビススタニル化反応が極めて円滑に進行し,対応するシス付加体を独占的かつ高収率で与えます。本反応は極めて広範な含フッ素アルキンに適用可能ですが,プロパルギル位の置換基が嵩高いγ-フルオロアルキルプロパルギルアルコールやγ-フルオロアルキルプロパルギルアミン誘導体では,そのビススタニル化生成物は全く得られません。一方,Rf化されたアルキニルホスホナートを用いると,トランス付加体を与えます。得られた付加体は,引き続くStilleクロスカップリング反応によって,一挙に含フッ素四置換アルケンを高立体選択的に合成することができます。
 非対称ビスメタル化反応として,シリルスタニル化反応では,用いる触媒に応じて,その位置選択性を逆転させることができます。すなわち,触媒量のCl2Pd(PPh3)2を用いた場合,シリル基がRf基を有する炭素原子に結合し,スタニル基が他方の炭素原子と結合したシス付加体を優先的に生成します。一方,パラジウム触媒として,Cl2Pd(PPh3)2からCl2Pd(t-BuNC)2に替えてシリルスタニル化反応を行うと,スタニル基がRf基を有する炭素原子と結合し,シリル基が他方の炭素原子と結合したシス付加体が優先的に得られます。両反応において,得られたシリルスタニル化生成物はいずれも,Stilleクロスカップリング反応ならびにルイス酸存在下でのアルデヒドとのカップリング反応を順次行うことで,対応する含フッ素アリルアルコールが高立体選択的に合成できます。

関連論文
Konno, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2014, 12, 1611 (DOI: 10.1039/C3OB41903G).
Konno, T. et al. J. Org. Chem. 2009, 74, 8456 (DOI: 10.1021/jo9017028).

▶︎その他の反応

 ①パラジウム触媒存在下,含フッ素アルキンに2-ヨードアニリン,2-ヨードフェノール,2-ヨードベンジリデンイミンを作用させると,それぞれ含フッ素インドール,含フッ素ベンゾフラン,含フッ素イソキノリン誘導体が高収率で合成できます。含フッ素インドール合成では,触媒としてPd(PPh3)4あるいはCl2Pd(PPh3)2を使用すると,2-あるいは3-フルオロアルキル置換インドールがそれぞれ優先的に生成します。置換基Rがベンジル基の場合に限り,3-(2,2,2-トリフルオロエチル)インドールが高選択的に得られます。含フッ素ベンゾフラン合成では,非フッ素系基質を用いた場合の反応とは異なり,2-ヨードフェノールの高位置選択的付加反応に続く,分子内Heck反応が進行し,対応する3-フルオロアルキルベンゾフランしか生成しません。
 ②RhCl3触媒を用いた含フッ素アルキンの三量化反応では,1,2,4-および1,3,5-トリス(フルオロアルキル)ベンゼンがおよそ8 : 2の割合で生成します。含フッ素アルキンと非フッ素系アルキンとの交差[2+2+2]環化付加反応もスムーズに進行しますが,生成物の選択性は全くありません。
 ③Co2(CO)8,含フッ素アルキン,ノルボルネンを用いたPauson-Khand反応では,高いexo選択性を発現しますが,立体選択性が低く,およそ7 : 3程度の選択性で対応する含フッ素シクロペンテノン誘導体が得られます。
 ④含フッ素ジインを用いたヒドロスタニル化反応およびカルボキュープレーション反応では,Rf基が置換した三重結合でのみ反応が進行します。この反応を駆使することで,含フッ素エンジインの二つのE/Z異性体をそれぞれ高い立体選択性で合成し分けることが可能になります。

①に関する関連論文
Konno, T. et al. J. Org. Chem. 2005, 70, 10172 (DOI: 10.1021/jo051700v).
Konno, T. et al. Tetrahedron 2004, 60, 11695 (DOI: 10.1016/j.tet.2004.10.005).
Konno, T. et al. J. Org. Chem. 2004, 69, 8258 (DOI: 10.1021/jo048872x).
②に関する関連論文
Konno, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2010, 8, 1718 (DOI: 10.1039/B926192C).
Sakaguchi, Y. Konno, T. et al. J. Fluorine Chem. 2015, 179, 64 (DOI: 10.1016/j.jfluchem.2015.06.013).
③に関する関連論文
Konno, T. et al. J. Fluorine Chem. 2012, 144, 147 (DOI: 10.1016/j.jfluchem.2012.08.006).
④に関する関連論文
Konno, T. et al. Tetrahedron 2014, 70, 2455 (DOI: 10.1016/j.tet.2014.02.015).
Konno, T. et al. Beilstein J. Org. Chem. 2012, 8, 2207 (DOI: 10.3762/bjoc.8.249).

2. テトラフルオロエチレン基導入法の開発とその応用

▶︎テトラフルオロエチレン基の導入法の開発:含フッ素糖の簡便合成

 1998年,DiMagnoらは環骨格内にヘキサフルオロプロピレン構造を導入した含フッ素グルコースが通常のグルコースの10倍以上の生理活性を示すことを報告しています。彼らは「生理活性向上の要因は,CF2CF2CF2構造に起因して発現するPolar Hydrophobicityによる」と提案しています。このPolar Hydrophobicityとは,分子骨格内に複数存在する親水性のヒドロキシメチレン (CH2OH) 基を,疎水性の大きなジフルオロメチレン (CF2) 基に置換することで分子が親水性と疎水性を併せもつ特徴です。特に,-CF2-基はCH2OHの嵩高さとそれほど変わらないために分子の三次元構造を変化させることなく,部分的に大きな疎水性部位を分子内に導入できることが,このPolar Hydrophobicityの重要な特徴といえます。
 この報告以降,環骨格内部にペルフルオロアルキレン構造を導入した含フッ素糖が数多く合成され,さらに興味深い生理活性の報告もされています。特に近年になって,テトラフルオロエチレン (-CF2CF2-) 骨格を導入した含フッ素糖がLinclau, Wilson, Gouverneurらによって次々と合成され,その生理活性評価が盛んに行われています。こうした背景から,われわれの研究室では,『より簡便かつ効率的に含フッ素糖を合成できないか?』という観点から,含フッ素等の合成研究をスタートさせました。
 われわれが研究を開始した時点では,すでにLinclauやGouverneurらによって,-CF2CF2-構造をもつ含フッ素糖が合成されていましたが,いずれの報告もペルフルオロアルキルリチウムの分子内求核付加反応を利用した合成経路でありました。これはペルフルオロアルキルリチウム種が極低温でさえも分解してしまう,熱的不安定性を考慮した上での合成経路だと思われます。しかし,分子内求核付加反応をするための基質調製の工程が一般的に長く,それゆえ全反応工程数も必然的に長くなってしまいます。
 われわれの研究室では,さらに反応工程数を減らして,『含フッ素糖を,より簡単に,そして大量に,さらに効率的に合成できるシステムはないか?』と考えた結果,市販の4-ブロモ-3,3,4,4-テトラフルオロ-1-ブテンに着目しました。この基質は両末端に異なる官能基を有していることから,それぞれ別々にC–C結合形成反応が行える有用な合成ユニットとなります。ただし,臭素が結合する炭素上でのC–C結合形成反応にはどうしてもペルフルオロアルキルリチウム種を発生させ,求電子剤を反応させるしか手立てはありませんでした。そこで,アルデヒドとの分子間求核付加反応を検討したところ,極低温下,1当量の4-ブロモ-3,3,4,4-テトラフルオロ-1-ブテン,2当量の各種アルデヒドのTHF溶液に,臭化リチウム (LiBr) 不含のメチルリチウムを加え,数時間撹拌することで,目的のカップリング生成物がほぼ定量的に生成しました。本反応ではLiBrを含むメチルリチウムを用いたり,メチルリチウムの代わりにブチルリチウムを用いると,生成物の収率が大幅に低下します。また,アルデヒドを2当量以下にした場合も,収率が激減します。本反応には,さまざまなアルデヒドが適用可能ですが,ケトンでは幾分収率の低下が見られました。
 このように当研究室で開発した分子間求核付加反応を利用することで,Linclauらが合成した含フッ素グルコースをわずか3段階で合成できるだけでなく,他の含フッ素糖も極めて短段階で合成できる手法の開発に成功しました。

分子内に-CF 2CF 2ユニットを導入する反応に関する論文
Sakaguchi, Y.; Konno, T. et al. J. Org. Chem. 2017, 82, 1618 (DOI: 10.1021/acs.jpc.6b02793).
Watanabe, Y.; Konno, T. J. Fluorine Chem. 2015, 174, 102 (DOI: 10.1016/j.jfluchem.2014.12.008).
Konno, T. et al. J. Fluorine Chem. 2013, 152, 106 (DOI: 10.1016/j.jfluchem.2013.02.013).
Konno, T. et al. Synthesis 2011, 33 (DOI: 10.1055/s-0033-1258330).

▶︎含フッ素液晶分子の開発

含フッ素糖の簡便合成法が確立できたので,次にわれわれはイノシトールに代表される炭素6員環骨格を有する糖の合成に着手しました。当時,テトラフルオロエチレン構造をはじめとして,ペルフルオロアルキレン構造を導入した炭素6員環化合物は全く合成されていませんでした。したがって,骨格自体に新規性があるため,含フッ素糖だけでなく,他の含フッ素新材料として応用できないかと考えました。
 ところで,液晶ディスプレイに使用される液晶分子の中で,高速応答性や広視野角,はっきりとした黒色表示の観点から,液晶分子の短軸方向双極子モーメントを有する化合物 (ネガ型液晶分子とよぶ) が汎用されています。双極子モーメントを発現させるためには,電気陰性な置換基を所望の方向に導入することで達成されますが,液晶分子同士がキレイに配列する必要があるため,ネガ型液晶分子開発には分子短軸方向に“立体的に小さいが,強く電気陰性な置換基”を導入することが必須となります。よーく考えると...フッ素原子がその置換基として最適な置換基となります。炭素6員環の1位と4位に柔軟なアルキル側鎖を導入し,2位と3位に4つのフッ素原子を導入した化合物はまさに短軸方向に大きな双極子モーメントを発現できる液晶分子構造となるため,新規な液晶物性の発現に大いに期待できます。このような理由から,われわれの研究室では環骨格内にテトラフルオロエチレン基を導入したシクロヘキサン環,シクロヘキセン環,そしてシクロヘキサジエン環をもつ液晶分子の合成ならびに,その物性評価を研究テーマとし,研究を開始しました。
 汎用されるネガ型液晶分子の一つとして,化合物aがあります。ベンゼン環内の分子短軸方向に二つのフッ素原子を導入し,双極子モーメントを分子全体の短軸方向に発現させています。置換基のアルコキシ基は必須で,このアルコキシ基の非共有電子対がフッ素原子と同方向に向くことで,さらに大きな双極子モーメントを発現すると言われています。
 われわれの研究室では,前述の-CF2CF2-ユニット導入法を駆使して,これまでに8個の液晶ゲスト分子の合成に成功しています。これらの合成した分子を,室温液晶分子 (MLC-6608) に10%混合した二成分混合試料を調製し,誘電率異方性,屈折率異方性,回転粘性の測定を行い,外挿法により合成試料の物理特性を評価しました。
このうち,汎用分子aと比較して,短軸方向により大きな双極子モーメントを発現している分子は,化合物b,化合物f,そして化合物gであることがわかりました。特に化合物fは,化合物aに比べて,かなり大きな双極子モーメントを短軸方向に示していました。また,化合物bや化合物gも,汎用分子aと遜色ない物性を示したことから,従来必須として考えられていたアルコキシ置換基を導入する必要がないことも判明しました。アルコキシ基を導入しなくても短軸方向に大きな双極子モーメントを発現できるとなれば,液晶分子設計の幅が大きく拡大できるので,この研究成果は大変興味深く,重要な知見であると言えます。

関連論文
Yamada, S; Konno, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2017, 15, 9442 (DOI: 10.1039/c7ob02399e).
Yamada, S; Konno, T. et al. J. Fluorine Chem. 2017, 200, 47 (DOI: 10.1016/j.jfluchem.2017.05.013)
Yamada, S.; Konno, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2017, 15, 1495 (DOI: 10.1039/c6ob02431a).

3. フルオロアルキル基を不斉中心に導入する!

▶︎フルオロアルキル基を有する不斉中心構築の難しさ:新規ダブル転位反応の開発

 フルオロアルキル (Rf) 基を有する不斉炭素中心の中で,同一炭素上にヘテロ原子を有する構造については,これまでにさまざまな手法が報告されています。例えば,フルオロアルキルケトンやイミンの不斉還元によって,対応する光学活性アルコールやアミンが得られます。しかし,同一炭素上にヘテロ原子をもたない3級または4級炭素の構築はあまり報告されていません。『光学活性なアルコールが得られているのであれば,SN2反応を経由して得られているのでは?』と思う人も多いでしょう。しかし,Rf基が結合する不斉炭素周辺は,Rf基の嵩高さによってかなり混み合っており,求核剤が接近しにくい環境になっています。また,強い電子求引性のRf基は不斉炭素と酸素原子との結合を強固にし,脱離反応が起こりにくくなっています。こうした理由から,SN2反応を経由する3級不斉炭素の構築法は,有機フッ素合成化学において得策ではありません。このような『フッ素化学ならではの難しさ』は他にも多くあるため,ヘテロ原子をもたない3級ならびに4級不斉炭素の構築が難しいものとなっています。したがって,Rf基をもつ一方で,ヘテロ原子置換基をもたない3級不斉炭素はこれまでに前例のない新しい構造であるため,新分子として新規な物性発現に大いに期待されます。こうした理由から,われわれの研究室ではRf基を有する3級不斉炭素,特に,同時にヘテロ原子置換基をもたない不斉炭素構築に関する研究プロジェクトをスタートさせました。
 われわれが研究をスタートさせた段階では,すでにα位がフルオロアルキル化された2級アルコールの光学活性体が別法により合成可能でありました。また,γ位がRf化された光学活性なアリルアルコールを用いたシグマトロピー転位反応も完全な不斉転写で進行し,Rf基を有する不斉炭素が構築できることが明らかとなっていました。しかし,後者で用いるγ位がRf化された光学活性なアリルアルコールは酵素反応によって合成しなければならず,収率は最大でも50%という大変非効率的なものでした。そこでわれわれは,α位がRf化された光学活性な2級アルコールから転位反応を行い,光学活性なγ-フルオロアルキルアリルアルコールへと変換したのち,シグマトロピー転位反応を施すことで,目的とする構造が『純化学的に合成できる!』と考えました。そこで考えたのがπ-アリルパラジウム錯体へのカルボキシラートの求核置換反応です。
 本反応は,光学活性なメシラートに0価パラジウム触媒を作用させ,π-アリルパラジウム錯体としたのち,カルボキシラートを作用させることで,高位置選択的にγ位で反応が進行し,対応するγ-フルオロアルキルアリルエステルが生成します。このエステルを単離することなく,そのままIreland-Claisen転位反応条件に付すと,転位反応が極めてスムーズに進行し,目的の骨格が光学純度よく構築できることを見出しました。反応はワンポットで行うため,極めて簡便であり,用いるカルボン酸として,α-メトキシ酢酸やN-Boc-グリシンが利用できます。R1置換基にもさまざまな置換基が利用でき,さらにRf基もトリフルオロメチル基を筆頭に,ジフルオロメチル基やその他のペルフルオロアルキル基など,さまざまな置換基が利用可能です。

著書・総説
Konno, T.; Ishihara, T. Advances in Organic Synthethsis, Volume 2 (Ed. Atto-Ur-Rahman) pp. 491–522 (DOI: 10.2174/97816080519841060201).
今野 勉,有機合成化学協会誌 2005, 63, 26 (ISSN 0037-9980).
関連論文
Konno, T. et al. Tetrahedron: Asymmetry 2001, 12, 2743 (DOI: 10.1016/S0957-4166(01)00485-2).
Konno, T.; KItazume, T. et al. J. Fluorine Chem. 1997, 86, 81 (DOI: 10.1016/S0022-1139(97)00049-3).
Konno, T.; Kitazume, T. et al. Tetrahedron: Asymmetry 1997, 8, 223 (DOI: 10.1016/S0957-4166(96)00492-2).
Konno, T.; Kitazume, T. et al. J. Org. Chem. 1997, 62, 137 (DOI: 10.1021/jo961246i).

▶︎π-アリルパラジウム錯体を経由したギ酸還元反応,触媒的不斉マイケル付加反応

 含フッ素π-アリルパラジウム錯体と各種求核剤の反応に関しては,われわれの研究室において研究テーマとして取り上げる以前よりいくつか報告されていました。しかし,その系統的な調査が行われていなかったことから,われわれの研究室において取り組むこととしました。この場合,ヘテロ求核剤 (ダブル転位反応におけるカルボキシラートやアミンなど),ならびに安定カルバニオン (マロン酸ジエチル由来のカルバニオンなど) を用いた場合は例外なく,フルオロアルキル (Rf) 基から遠い炭素上での反応が進行します。一方,ヒドリドを求核剤とした場合には,その位置選択性が変わります:すなわち,ヒドリド源としてギ酸を用いて反応を行うと,Rf基が結合した炭素上にヒドリドが攻撃してできる生成物が優先的に得られます。本反応では,パラジウム上の配位子として,単座配位子で電子供与性の高い,トリス(p-アニシル)ホスフィンがもっとも効果的であり,もっとも高い位置選択性を発現します。

一方,二座配位子のBINAPを用いると,脱離反応やRf基から遠い炭素上で独占的なヒドリド攻撃が進行した生成物が生成します。この反応を利用することにより,Rf基を有する不斉炭素中心の構築が可能となります。つまり,β位にRf基と他の置換基を有する光学活性三置換アリルアルコール誘導体を用いて,このギ酸還元反応を行うと,ほぼ完全な不斉転写が実現し,Rf基を有する3級不斉炭素が構築できます。
 3級不斉炭素のエナンチオ選択的構築法の研究に関して,われわれが研究をスタートさせた段階ではほとんど報告例がありませんでした。3級不斉炭素の構築は,そのほとんどがジアステレオ選択的合成法であったことから,われわれは触媒的不斉合成法を確立すべく検討を開始しました。われわれはロジウム触媒を用いたアリールボロン酸の不斉共役付加反応に着目しました。この反応は非常に簡便な操作・方法であるにも関わらず,極めて高いエナンチオ選択性を発現できるため,非常に価値の高い方法だといえます。例えば,トルエン/水混合溶媒中,触媒量の[Rh(cod)2]BF4ならびに(S)-BINAP存在下,β位がRf化された(E)-α,β-不飽和ケトンにアリールボロン酸を加え,還流温度で3時間攪拌するだけで,90%以上の光学純度で共役付加体を生成します。アリールボロン酸としては,ベンゼン環上に電子供与基ならびに電子求引基のいずれの置換基をもつものでも高いエナンチオ選択性を発現します。ただし,ベンゼン環上のオルト位に置換基を有するアリールボロン酸を用いた場合には,反応はほとんど進行しません。2-チエニルボロン酸も高いエナンチオ選択性を発現しますが,1-ナフチルボロン酸ではエナンチオ選択性の低下が認められました。また,α,β-不飽和アミドも良好な収率を与えますが,それ以外のα,β-不飽和エステルでは収率が大幅に低下しますし,ニトロアルケンやビニルスルホン,ビニルホスホン酸エステルでは,エナンチオ選択性は全く発現しませんでした。さらに,トリフルオロメチル基に代わって,ジフルオロメチル基にすると,エナンチオ選択性がわずかに低下します。また,Z体のα,β-不飽和ケトンを用いた場合には,共役付加反応よりもE/Z異性化反応が素早く進行するため,高収率で共役付加体が生成するものの,生成物の立体化学はE体の場合と同じ立体化学となります。

π-アリルパラジウムを経由した立体選択的合成に関する論文
Konno, T. et al. J. Org. Chem. 2006, 71, 3545 (DOI: 10.1021/jo0602120).
Konno, T. et al. J. Fluorine Chem. 2005, 126, 1517 (DOI: 10.1016/j.jfluchem.2005.08.013).
Konno, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2004, 2, 93 (DOI: 10.1039/b310950j).
Konno, T. et al. J. Org. Chem. 2002, 67, 1768 (DOI: 10.1021/jo011013d).
Konno, T. et al. Tetrahedron Lett. 2000, 41, 8467 (DOI: 10.1016/s0040-4039(00)01485-4).
ロジウム触媒による不斉共役付加反応に関する論文
Morigaki, A.; Konno, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2013, 11, 586 (DOI: 10.1039/c2ob26708j)
Konno, T. et al. Tetrahedron Lett. 2008, 49, 2106 (DOI: 10.1016/j.tetlet.2008,01.122).

4. フルオロアルケンの立体選択的構築

▶︎フルオロアルケンはアミド結合のバイオイソスター:立体選択的なビニルクロム種の発生とアルデヒドとのカップリング反応

 生理活性物質や生体関連化合物の特定部分構造を,生物学的に安定かつ同等な機能を有する官能基に置き換える化学修飾は,医薬品や基礎研究のためのツールとして,しばしば利用されています。このときの官能基のことを“バイオイソスター (生物学的等価体)”とよびます。
 これまでにさまざまなバイオイソスターが開発されていますが,フルオロアルケン構造もまたその共鳴構造がアミド結合の構造と極めて類似していることから,バイオイソスターとして大変注目されています。
 フルオロアルケン構造の構築法,特に立体選択的構築法に関しては,これまでいくつか報告例がありますが,未だ十分に満足できる構築法は寡少であります。こうしたことから,われわれの研究室でも高立体選択的フルオロアルケン構造の構築法の開発を研究プロジェクトとして展開することにしました。
 これまでの報告例では,その全てがフルオロアルケン構造の中,一方の異性体を立体選択的に合成する手法でした。われわれのグループでは,DMF中,ブロモジフルオロ化合物に無水塩化クロム(II)と各種アルデヒドを作用させ,室温で攪拌するだけで,フルオロアルケンが良好な収率で生成し,基質の構造に依存してE体あるいはZ体の生成物がそれぞれ独占的に得られることを見出しました。すなわち,オキサゾリジノン基をもつ基質ではE体が,それ以外の基質 (シロキシ基やエトキシカルボニル基,あるいはn-ヘプチル基) ではZ体がほぼ独占的に生成します。本反応では,オキサゾリジノン置換基をもつ基質の場合には,キレーションコントロールによって,Z-α-フルオロアルケニルクロム種が生成し,一方で,他の置換基の場合には熱力学的に安定なE-α-フルオロアルケニルクロム種が高立体選択的に生成し,それぞれ各種アルデヒドに求核付加反応が進行することで立体特異的な生成物を与えたと考えています。 

関連論文
Nihei, T.; Konno, T. et al. Synthesis 2016, 48, 865 (DOI: 10.1055/s-0035-1560390).
Nihei, T.; Konno, T. et al. Chem. Commun. 2014, 50, 1543 (DOI: 10.1039/c3cc47219a).

▶︎ジフルオロシクロプロピルスタナンの環開裂

 少々ユニークなフルオロアルケン構造の構築法として,われわれのグループではジフルオロシクロプロパン環の開裂を経由する手法を開発しました。本反応では,まず容易に調製可能なジフルオロシクロプロペンにラジカル的ヒドロスタニル化を施すことにより,対応するジフルオロシクロプロピルスタナンが高トランス選択的に生成します。このジフルオロシクロプロピルスタナンに,極低温下,MeLiを作用させ,5分間攪拌下のち,各種反応停止剤 (たとえば,H2O,アルコール,カルボン酸,アミド) を添加すると,反応停止剤の骨格が分子構造中に組み込まれたβ-フルオロアリルアルコール,エーテル,エステル,そしてアミドが比較的良好な収率で得られました。しかも高いZ選択性の発現も認められました。本反応の推定反応機構として,まずリチウム-スズ交換反応が進行し,引き続く熱的開裂によってカルベンが生成します。このカルベンがさまざまな反応停止剤と反応することで,反応停止剤の構造が生成物に組み込まれたものと想定しています。

関連論文
Nihei, T.; Konno, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2015, 13, 3721 (DOI: 10.1039/c5ob00046g).
Nihei, T.; Konno, T. et al. Org. Lett. 2014, 16, 4170 (DOI: 10.1021/ol5018596).

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